昭和57年4月5日 朝の御理解          【 末永信太郎 】

第94節 信者に不同の扱いをすな。物を余計に持って来ると、それを大切にするような     ことではならぬ。信心の篤いのが真の信者じゃ。


 信心の手厚いのがと仰せられておりますが。手厚い信心というのは、どこを見たら、その人の信心が手厚いかと。ただ、熱心にお参りが出けるとか、御用が出けるとかというだけでは分からない。結局、神様の御信心の厚いのが、信心が手厚いという事になるのじゃないでしょうか。神様の御信心が厚いということ。ね。私はもう熱心に信心しておりますということが手厚いという事ではない。ね、神様の御信心を熱うする事の為に、お互いの信心の焦点がおかれなければなりません。

 久留米の初代が仰せられたという、ね、神徳とは神様のご信用じゃからなと仰せられたと言う。ね、その神徳が受けられるような信心。ね。それが、神様のいわば御信心が厚い、厚くなるということ。ね。それにはね、結局、まっ、神様を信じて疑わないという事は、いかにどれほど神様のお心に添うというか、神様任せになるかという事だと思うんですけれども。ただ、自分の都合でね、神様任せになっとるのは、それは神様任せじゃない。ね。

 どんな場合であっても、神様を信じて疑わないという、言うなら任せ方が出来て、初めて御信心を売ることが出ける。ね、いわゆる神様のご信用。なかなか熱心にも参って来るし、ね、よく御理解も頂くけれども、御用もしっかりするけれど。いよいよの時には、この人は神をそれこそ信じていないかのような在り方に出してしまう。また神様が、失敗したと、まっ、思し召すような事では、繰り返しですね。ここんところが、やっぱり抜けなければいけませんよ。

 昨日は、伊万里の竹内先生ご夫妻でお礼参拝して見えましたが。皆さんもテレビとか、ラジオでご承知でしょうけれども、今度、四期目の市長をまた務められるようになった。今度は、無競争であった。なるほど、神様が前持ってお知らせ下さったように。伊万里のあの、万という字を略して書いて、よろずの事ね、万というのはよろずと読む。よろずの事を略するというお知らせを頂いた。もう本当に、あの手もこの手も、省かせて頂いて良いような、いわばおかげであったですね。

 昨日ちょうど、神愛会でしたから、その時間もちょうど一緒になりましたので、神愛会にも入って、まあ、先生方のお話を聞かれ、そして、まっ、ご自分の信心を語っておられましたが。今度、佐賀で、佐賀の地名史の、まっ、何て言うでしょうか。まあ、心情といったようなものですね。その人その人の心情。それは大きな立派なご本が出けております。

 佐賀の県知事さんを始め、二ページ目に竹内先生が写真で出ておられます。それに、一番尊敬する人はというところに、合楽教会大坪総一郎先生と書いて。大体、政治家なんかという人は、心に思うとっても、あんまり宗教関係の事は言わんのが普通だそうですね。神様のおかげとか。そして、信条としては土の心と書いて。どんな事があっても、それを黙って、ね、あの、受ける心という事を、まっ、ずっと、まっ、自分が実行しておられる事柄を書いてる。素晴らしい文章で書いて、土の心という事を書いておられます。ね。

 新聞も見せて頂きましたが、市長室に、この正月に、ここで頂かれた色紙を字句にして、市長室のまん前にかけてある。この市長当選の、今度のをなさるのに、まっ、記者が写真を写しとるのは、ちょうどその、字句の前で一礼をしておられるところの写真が出ております。毎朝、出勤して参られたら、その字句に対して拝礼をなさる。そして、市長、まっ、の椅子に、まっ、かかられる訳でございますけれども。どうでしょうかね、皆さん。
 金光様の先生を頂いておっても、あの黒衣を着てから、(   )ける人が少ないですね。おかしか、はっはっは。本当にあの、これは誰でしたでしょうか。佐田、(今のありこ先生?)だったでしょうか。あの、教会、あの修行に、学院から参りました時に、そこの教会でお使いに行くでも、どこにその、こう行くでも、その、黒衣を着て出てある。町の者が目立つ感じであった。ね。その事を、その町の人が大変感心してね、信心になったといったような事がございましたですね。

 はあ、あなた金光様、ああ、あそこの教会の先生ですかち。いや、私はあそこの修行生ですという事だっただそうですけれどね。それから、そこ、もう信心に、お参りしてみろうという気になったといったような話がその時分にございます。(         )ハッキリ忘れました。ね、それは、そういう意味合いでお坊さん達は偉いですよね。衣を着てから、パーッとオートバイで走って行きよんなさっとをよく見かけます。あんまり格好いいもんじゃないですね、あのオートバイに乗って行きよんなさっとは。

 けれどもですね、それを堂々と自分は坊さんであるという事を、ね、もうハッキリ知らしめる為でもないけれども、そんな事は問題じゃない。金光様の先生であるという事を、言うならば堂々と自分は金光教の信者でございます、または教師でありますと、この言えれるという事だけでも、やっぱりある意味では度胸というよりか、確信しなければ。ね。神様を信ずる力がなからなければ出ける事ではありません。末永先生が、竹内先生が、あのビリグイにお出でられて、あちらの公開で講演会を開けれた時に、やっぱり末永先生は、あの、やっぱり紋付袴で行っとりましたですね。

 ね、私はそういう、そういうちょっとした、その心掛けじゃなくて、その確信する、それが現れる、表現される。ね。そういう意味で、ね、また、なら公の堂々としたそういう、あの、まあ、ご本に載るような場合であっても。ね、まっ、金光教の信心を、まっ、ひた隠しに隠すような人もありますよ。けども、堂々と自分の尊敬する人は合楽教会大坪総一郎先生とこう書いておる。そして、信条としては、土の心と自分は言う。ね。写真に新聞記者が撮り来た時でも、自分がその、今年の正月にその頂かれたのは、和すれば乱れる事なしという詞。その前で一礼をしておられるところが写真に出ております。ね。

 そして、昨日も、まあ、いつも言われる事ですけれども、まあ、大変おかげを頂いておられる様子を話された後に、もう私はいつでも親先生が市長を辞めと仰るなら、いつでも辞められる覚悟が出けておりますと言われるです。ね。なら、今年一期勤めちから辞めましょうという事は思わんと言われるのです。そういうところにね、いよいよ神様のご信用を受けて行かれ、そして、ああした、ね、もう今度の市長を、あの、一日でしたかね。二日間、まあ、言うなら大変お忙しい時であったけれども、やっぱり朝の御祈念には私が仕えましたし。

 また、御理解を頂いてからでしたと。そして、いつもゆとりを持てれるという事は、本当に、やはり神様を信じなければ出けません。ね。私は今日は、その、ここでは不動の扱いをしてはならんと、お道の教師に対する御理解なんですけども。信心の手厚いのが真の信者とこう仰せられる。

 なら、信心の手厚いとは、一生懸命参って来る信者が厚いかという事じゃない。その方の心の状態。または、神様を信じておる度合い。そこに、神様の言うならば御信心が厚うなって来る。ね、そういう人を、私は信心が手厚いという事ではないかと、まっ、昨日、竹内先生のお取次ぎをさせて頂いて、なるほどおかげを受けられるのはこういうところにあるなと、まあ、思わせて頂きました。どうぞ。